大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(ワ)7007号 判決 1969年5月20日

原告 日本国有鉄道

右代表者総裁 石田礼助

右代理人 荒井良策

<ほか二名>

被告 上野商業協同組合

右代表者代表理事 高川諦

右訴訟代理人弁護士 高橋利明

被告 梁明月

<ほか二二名>

右被告二三名訴訟代理人弁護士 荻野弘明

同 土田吉彦

同 山崎賢一

被告 木村淳三郎

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

被告上野商業協同組合(以下被告組合という。)は原告に対し、別紙物件目録第一記載の土地(以下本件土地という。)上に存する同目録第二記載の建物(以下本件建物という。)を収去して右土地を明け渡し、かつ、金一、三二七、三九七円およびこれに対する昭和四一年七月一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員ならびに昭和四一年七月一日から右明渡しずみに至るまで一ヵ月金三五、二〇七円の割合による金員を支払え。

その余の被告らは原告に対し、本件建物中同目録第三記載の各占有部分から退去して本件土地を明渡せ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁(被告木村淳三郎を除く。)

主文同旨の判決を求める。

第三請求の原因

一、原告は被告組合の出願に基き、同被告に対し、次の条項により原告所有の本件土地の使用を承認した。

(一)  使用目的 店舗または事務所用建物の所有

(二)  使用期間 昭和三七年四月一日から昭和三八年三月三一日まで一ヵ年間

(三)  使用料 年額金三七六、八〇〇円(別紙物件目録第一の(一)記載の部分(以下新線部分という。)につき金一四一、五二〇円、同(二)記載の部分(以下旧線部分という。)につき金二三五、二八〇円)

(四)  特約 被告組合は原告の承諾なくしてその所有建物を他人に使用させないこと、

被告組合は右承認期間が満了しても依然として本件土地上に本件建物を所有して右土地を占有し、その余の被告らは本件建物中別紙物件目録第三記載の各占有部分を被告組合から賃借し、これを使用して本件土地を占有している。

二、原告は、従来国が国有鉄道事業特別会計をもって経営していた鉄道事業その他一切の事業を引き継いで経営し、能率的な運営によってこれを発展させ、もって公共の福祉を増進することを目的として設立された公法上の法人である。

このように従来国の事業であったものが国から独立した原告において経営されることになったのは、能率的な運営を図ることを目的としたことにあるのであって、事業そのもののもつ強度の公共性は国が経営していたときと何ら異なるものではない。したがって、原告が直接その本来の業務の用に供する財産の管理処分等についても国有財産のそれと同様、公共性の立場からその法律関係を考える必要がある。

本件土地は鉄道(京浜東北線)高架下にあり、鉄道路面その上空、地下とともに一体として直接原告の本来の事業である鉄道事業のために供されるものであるから国有財産法にいう行政財産中の企業用財産に相当する公物であるといわなければならない。

原告は、右の公物性に鑑み、本件土地をその用途または目的を妨げない限度で前記条項のとおり、使用目的、使用期間等を限定して使用承認したものである。したがって、右使用承認は民法にいう賃貸借ではなく、いわば私法上の一種の無名契約というべきものであるから、本件土地の使用関係に借地法の適用はなく、使用承認期間の満了とともに契約関係は終了するものである。

三、被告組合の右不法占有による原告の損害は、次のとおりである。

(一)  昭和三八年四月一日から昭和三九年三月三一日まで(一ヵ年間)の使用料相当損害金三七六、八〇〇円

(二)  同年四月一日から昭和四〇年三月三一日まで(一ヵ年間)の使用料相当損害金四二二、四九二円(固定資産税土地価格の上昇に伴い、旧線部分は従来の使用料額の一、一一倍、新線部分は一、一四倍として算定した額)

(三)  同年四月一日から昭和四一年六月三〇日まで(一五ヵ月間)の使用料相当損害金五二八、一〇五円((二)の年額の一二分一である金三五、二〇七円(円未満切捨)を月額として算定した額)

(四)  (一)(二)(三)の合計金一、三二七、三九七円に対する昭和四一年七月一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金

(五)  昭和四一年七月一日から本件土地明渡しずみに至るまで一ヵ月金三五、二〇七円の割合による使用料相当損害金

四、よって原告は、被告組合に対して第一項記載の契約および本件土地所有権に基き、本件建物収去、土地明渡しおよび第三項記載の使用料相当損害金等の支払いを、その余の被告らに対して本件土地所有権に基き各建物退去、土地明渡しを求める。

第四請求原因に対する答弁および抗弁

(被告木村淳三郎を除く。)

一、請求原因第一項の事実、同第二項中原告が原告主張の目的をもって設立された公法人であること、同第三項の使用料相当金が原告主張のとおりであることはいずれも認める。

二、本件土地使用の法律関係は、名は使用承認であるが、実質は建物所有を目的とした土地の賃貸借である。すなわち

(一)  国の財産の管理処分等については国有財産法に行政財産と普通財産に対するそれぞれの規定があるのに、原告の根拠法たる日本国有鉄道法には右のような規定が存しない。かえって日本国有鉄道土地建物貸付規則第二条によれば、土地または建物を他に貸し付ける場合には法令その他特別に定めるものによるほか、この規則の定めるところによるとして借地法の適用を前提としている。

(二)  本件土地使用の実態からみても、直接公の目的に供されているのは鉄道路面部分であり、高架下の土地は直接公の目的に供されているとはいいがたい。

本件土地の新線部分は昭和三〇年一二月二〇日から、旧線部分は昭和三一年四月一日から建物所有の目的で使用承認され、右使用承認に基き被告組合は本件建物を所有してきたもので、右使用承認期間は形式的には一年間とされていたが、当初から現在に至るまで原告が本件土地を使用する必要性は全くなく、使用目的からして契約が長期にわたることは当然予想していたのであり、以後更新という形で契約関係が続けられてきた。このことは本件土地が本来貸借の目的とされるべきものであることを示すものである。

かりに高架下としての特殊性があるとしても、それは高架設備の点検、確保のための立入りを認めれば十分である。

したがって本件土地の使用関係にも借地法が適用されるから、借地期間は同法第二条によることになり、本件賃貸借契約はなお存続しているものである。

三、原告は、被告組合が本件建物を組合員以外の者に賃貸したことを理由に本件土地の使用承認を更新しない。しかし、本件建物は依然として被告組合が所有し、これを維持管理しており、この建物の一部が第三者に賃貸されたところで何ら原告に不利益をもたらすものではない。しかも原告においては現在自己使用の必要はないのであるから、右の理由によって使用承認の更新を拒絶し、多額の資本を投下した本件建物の収去を迫るのは権利の鑑用である。

第五抗弁に対する答弁

原告と被告組合は請求原因第一項記載のとおり本件使用承認をするにあたり、原告の承諾なく被告組合所有の建物を他人に使用させないことを特約し、被告組合はこの特約を遵守する旨の請書を提出している。

この特約は公物たる本件土地を適正に管理するために必要な規制であって、被告組合自身、右の如き建物の賃貸によって生ずる弊害の排除を標榜して本件土地の使用承認を出願したものである。

原告は被告組合が右特約に違反していることを知ったので、被告組合に対し昭和三八年四月一日以降の使用承認について、第三者に賃貸している部分を直接被告組合が使用するか、または現実に使用している者に譲渡して使用名義人と使用者が一致するよう取り計らうならば承認する旨申し入れたのにこれを承諾しなかったため、以後の使用承認をしなかったものである。

右のような事情のもとでは原告が使用承認を更新しなかったのは当然であって権利の濫用になるものではない。

第六証拠関係≪省略≫

理由

一、原告が被告組合に対し、本件土地を使用目的は建物所有、貸付期間は昭和三七年四月一日から昭和三八年三月三一日まで、使用料は年額金三七六、八〇〇円との約定で貸し付けたこと、被告組合が本件土地上に本件建物を所有し、被告組合および被告木村を除くその余の被告らが本件建物のうち別紙物件目録第三記載の各占有部分を被告組合から賃借して使用し、それぞれ本件土地を占有していることは、当事者間(被告木村を除く。)に争いがない。

被告木村は本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しないから、原告の主張事実をすべて自白したものとみなす。被告木村が本件建物のうちその占有部分を被告組合から賃借していることは原告の自認するところであり、このことと弁論の全趣旨によれば被告木村が被告組合から右占有部分を賃借していることを認めることができる。

二、原告の被告組合に対する本件土地の貸付けが借地法の適用を受ける賃貸借であるか否かについて判断する。

原告は、昭和二四年六月一日、日本国有鉄道法の施行により、従来国が国有鉄道事業特別会計をもって経営していた鉄道事業その他一切の事業を国から引継いで経営し、能率的な運営によってこれを発展せしめ、もって公共の福祉を増進することを目的として設立された公法上の法人である(同法第一条、第二条)。同法によると、原告の資本は全額国が出資し(第五条)、業務は運輸大臣の任命する監査委員会が監査し(第一四条以下)、総裁は内閣が任命し(第一九条)、予算は国会の議決を要し(第三九条の八以下)、会計は会計検査院が検査し(第五〇条)、業務は運輸大臣が監督し(第五二条)、他の法令の適用については例外を除き、原告を国とみなし、総裁を主務大臣とみなす(第六〇条ないし第六三条)ことを定めている。

このように、法は、原告が、公共の福祉の実現という行政目的をもつものであることから、その目的達成のために公法的な特殊の取扱いを認めている。この意味では原告はその資金面、人事面その他組織運営上の各方面において多分に公法的規制を受け、単なる私法人とは異なった公法的側面を有していることは否定し得ない。

しかしながら、右のように原告が国家意思により設立され、その組織や資金上国と密接な関係が認められるとしても、そのことから原告の対外的資産活動がすべて公法によって規制されるものと速断することはできない。

元来、日本国有鉄道法第三条に規定された原告の行う業務は、その事柄の性質上、公権力の行使を本質とするものでなく、私人が事業を経営し、財産を管理する場合と類似し、私法関係との間に本質的な差異があるわけではない。法律生活の安定、画一のため、同様の性質の法律関係は同様の法的規律に服せしめることが妥当であるとの見地からすれば、原告の業務には、本来私法規定が適用されるのが原則であるということになる。したがって、これに一部、公法的規制に服する面があるとするならば、それは原告が公共の福祉の実現という行政目的をもつが故に、実定法上特殊な法的規律をしている場合に限るわけである。換言すれば、法が明文で特別の定めをしている場合または実定法の構造からみて特殊の取扱いを認める趣旨と解することができる場合でない限り、原告の業務に関し、第三者との間に生じた法律関係には、私法規定を適用すべきである。

そこで、原告の財産の管理処分に関する実定法の規定をみると、日本国有鉄道法は、原告は法律で定める場合を除き営業線を貸し付け、譲渡し、交換し、または担保に供することができない、車両その他運輸省令に定める重要な財産を貸し付け、譲渡し、交換し、または担保に供しようとするときは、運輸大臣の許可を要すると規定し(第四五条)、その所有する不動産を他に貸し付けた場合において、貸付期間中にその事業の用に供するため必要を生じたときは、当該契約を解除することができ、右により解除したときは、借受人は原告に対し、解除により生じた損害の補償を求めることができる(第四六条)と規定しているが、右のほか特別の規定は存しない。

一方、国有財産法によると、国有財産は行政財産と普通財産とに分類され(第三条)、行政財産はその用途または目的を妨げない限度でその使用または収益を許可できるが(第一八条第三項)、右許可を受けてする行政財産の使用または収益については借地法、借家法の規定を適用しない(第一八条第五項)旨を規定している。ところが、日本国有鉄道法は、他の法令の適用については原告を国とみなし、総裁を主務大臣とみなす規定を設けているのに、国有財産法についてはその規定を適用しないことを明定している(第六三条)。のみならず、国有財産法第一八条第五項の規定は昭和三九年法律第一三〇号により追加されたものであり、同趣旨の地方自治法第二三八条の四第四項の規定も昭和三八年に追加規定され、従来争いのあった点を立法的に解決したものであるが、その際にも日本国有鉄道法にはかかる規定を設けなかった。このことは、原告の財産の貸付けにはその規制の必要を認めない趣旨と解するほかない。

さらに、日本国有鉄道法第四六条は、国有財産法第二四条の普通財産の貸付契約の解除の規定に相当する規定であるが、国有財産法においても普通財産については前記の行政財産にみられるような規制はない。ただ、同法第二一条は普通財産の貸付期間についての規定を設け、土地の貸付期間について借地法第二条の例外を定めているが、日本国有鉄道法にはかかる規定すら設けていない。したがって、日本国有鉄道法第四六条のあることから、同法が原告のなす土地の貸付けについて借地法の適用を排除する趣旨と解すべき理由もない。

これらの規定からみると、原告の財産の貸付けに関しては、日本国有鉄道法第四五条第四六条に定める限度において特別の取扱いを認めれば十分であるとしているものと解するのが相当であって、それ以上に国有財産法の規定を類推して借地法の適用を排除すべき実定法上の根拠はない。原告は日本国有鉄道土地建物貸付規則で原告の管理にかかる土地、建物の貸付けにつき国有財産法の貸付けに関する規定に相当する規定を設け、本件土地の貸付けを使用承認と称しているが、右規定は内部規則にすぎないから、本件貸付けの性質を変えるものではない。

そうすると、本件土地の貸付けは、建物所有を目的とした賃貸借であるから、これに借地法の規定が適用され、貸付期間を一年間とする契約条項は同法第一一条によりこれを定めなかったものとみなされ、同法第二条によりその賃貸期間は、所有目的の建物が木造建物であれば、三〇年とされる。したがって、本件土地の賃貸借の期間はまだ満了せず、被告組合は賃借権により、適法に本件土地を占有する権原を有するものである。また、その余の被告らはいずれも被告組合から本件建物のうち各占有部分を賃借して、その結果本件土地を占有しているのであるから、被告組合の賃借権の範囲内で本件土地を適法に占有する権原を有することになる。

よって、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩村弘雄 裁判官 小林亘 裁判官原健三郎は転任のため署名押印できない。裁判長裁判官 岩村弘雄)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例